相手の心を決めつけてしまうこと

若者シェアハウスの記事から

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過酷な労働や人間関係に疲れた若者たちが集うシェアハウスのお話。家や職場ではなく、シェアハウスと居酒屋を両立する形態で、生活費も確保できる。主に仕事で心身の不調に陥った人たちが、再出発を目指して集うところのようだ。

 

一度「自分に自信をなくした」長池涼太さんという方が、いろいろ経験している中で相手にお礼を言われ、「役に立てたと思えた。自信を取り戻せた」というお話があった。

 

仕事や普段の生活では、いろいろとお礼やありがとうと言われることはある。でも、自分の中ではそうしたものはすべて、相手の本心から出たものではなく礼儀としてしているものだと、決めつけていないか、少し反省したいと思った。

 

もちろんそういう、礼儀的なお礼はあることだろう。でも礼儀的でないお礼もあって、自分が「どうせ礼儀的なものだと」最初から決めつけないで、相手の心からのお礼をそれと気づいたなら、この長池涼太さんのように自信を取り戻したり、自分にとって何かの変化のきっかけとなることもあるのかなと思ったりした。

 

もちろん、心からのお礼を期待しても、それは相手がするかどうかの話であって、初めからそれを期待して行動するのはNGだろう。

 

こういう自信を持てるようになるきっかけなどは、思いもよらぬところで「ハッ」と自分の中で気づいて変化が起こるようなものなのかなと、想像したりした。

 

 

これまでも、もしかしてそういうきっかけとなる出来事やチャンスはあったのに、自分の中での相手の気持ちの「決めつけ」から、無視・スルーしていたことがいっぱいあったのかもしれない。