やり切った感について

銀メダルの渡部暁斗から

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前回のオリンピックでは銀メダル。そこから4年間、金メダルを目指してやってきた。そして、それができそうだとも思った。でも、また届かなかった。

 

こうして、大会までの経緯だけを考えれば、悔しくて悔しくて夜も眠れないほどになるだろうと思う。また、この4年間頑張ってきたことは何だったのだろうと、投げやりな気持ちになるかもしれない。

 

でも、そうじゃない。

それはライバル相手へのリスペクトから、正々堂々と勝負できた試合内容からそうなる。

 

王者との戦いを楽しめるのには理由がある。渡部暁は常々「結果だけでなく、フォームのカッコ良さや競技中の戦い方を含めての“キング・オブ・スキー”を目指している」と口にしている。それを体現してみせているのがフレンツェルなのだ。

 

「風が強いから(先頭で)引っ張らないわけにはいかなくて、僕ももちろん引っ張りましたし、彼も同じくらい引っ張りました。そのへんはフェアに戦えたと思います」

(中略)

この日も平昌は風が強かったのだが、そのなかで集団の先頭に立つことは「風よけ」となり、体力の消耗につながる。しかし誰かが引っ張らなければペースが落ちるため、あうんの呼吸で選手同士が先頭を入れ替えながらレースを進めることが多い。

 

「引いて守りに入るレースじゃなくて、ちゃんとフェアな戦いをして、ああやって最後に勝ち切るというところが自分の求めている理想です。僕はそういう選手が好きなので、ずっと後ろに下がって(勝負どころで)ひょいって出た選手が勝つよりは、彼が勝ってくれて良かったなと思います」

 

フレンツェルとは、いつもながら正々堂々と戦えた。

そんな相手フレンツェルに、前回のオリンピックと同様に負けたこと。

逆に言えば、全力でやって負けたのがフレンツェルでよかったとも言っていると思う。

 

「本当は悔しいけど、終わったことは仕方ない」というような、無理やり自分を納得させて結果を認めるのではなく、自然と心から相手を称えられて、自分もやり切った結果に満足すること。

 

そのためには、リスペクトできる相手に、自分も全力を出して、お互い正々堂々と勝負ができたこと。自分としては、この経過が必須だろうと思う。

 

勝負事でこういう相手を持てることは幸せだと思う。

また、自分がスポーツが好きな理由の一つは、こうした理想を疑似体験できるからかなとも思う。