井上薫の文章から

『ここがおかしい、外国人参政権』より

 

 日本国憲法が昭和二二年に制定されてから早六三年が過ぎましたが、この間、一度も改正されていません。憲法改正には厳重な手続きが定められていて、政治的にもこの条件を満たすような環境がこれまでなかったからです。衆議院参議院という二院制を採っていますから、両方とも総議員の三分の二以上の賛成を得るとなると政治的ハードルは、かなり高くなります。そう考えると、外国人に参政権を付与することは、政治的に困難ではあるでしょうが、手続き的には可能なのです。

 手続き上の問題がクリアできたら、その次は外国人に参政権を付与することの妥当性が問題になります。

 これまで推進派の大義名分としては、「共生社会を作る」、つまり「外国人も日本人も一緒の地域社会を作っていく」という考え方や、外国人差別をやめようという考え方があがりました。そしてより実態的な面としては在日外国人の多数を占める在日朝鮮人への同情などが、参政権付与の妥当性を基礎づける事情として主張されることもあります。

 ただ、外国人参政権を付与するためには、憲法改正という非常に困難な手続きが必要だとわかりました。これらの大義名分や諸事情は、そのような困難を押し切ってまでなお、参政権を付与するほどのものでしょうか? そもそもその段階で、私には疑問が生じてきます。

 

 

井上薫『ここがおかしい、外国人参政権』(文藝春秋、2010年)173~174ページ。

 

 

 

 

ここがおかしい、外国人参政権 (文春新書)

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